電子音楽の即興演奏と仕込み演奏

従来の音楽における「即興演奏」とは「楽譜に頼らない演奏」とされてきましたが、
現代の電子楽器におけるそれは少しニュアンスが違ってきます。
ライブプレイにおいて「本番前にする作業」と「本番中にする作業」とありますが、
その後者を即興、前者を仕込みと呼んでいるのが一般的です。

そして近年の電子楽器は所謂DTMと共に進化してきたので、
プログラミングによって出来る楽曲制作を最終目標とされる節があります。
しかし2000年ごろから始まったユーロラック・モジュラーシンセの普及により、
シンセサイザー黎明期の「制作を目標としない即興演奏」が再注目されてきました。
またクラブミュージックの一般化によって「ライブ性」なる言葉が意識されるようになり、
多くのプレイヤーが「ライブ感とは何ぞや」と試行錯誤をするようになります。

かく言う自分もDJ→DTM→グルボ→モジュラーと移ってきた為に、
事前に作り込んだ楽曲をオーディエンスの前で披露するのが「ライブ」と思っていました。
グルボで「即興演奏というか即興作業」を意識し出し、モジュラーシンセによって意識の変革を確信し、
現在は「仕込みと即興のバランスを考えた機材選びをする」事にしています。

そんな面倒な事を言わなくてもキーボーディストなど
「ドラムマシンでドラムだけ仕込み、上モノは手弾きする」プレイヤーも昔から居ますけどね。

さてこの記事ではDTM出身の方に比較的意識しづらい「即興演奏」を知って頂き、
バランスを踏まえて自身のプレイに取り入れて頂きたいという主旨です。

○どっからどこまでが即興演奏なのか

生楽器と違い基本的にはシーケンサー任せの僕たち
「それで演奏って言うなや!」と怒られてしまうかもしんないですけど、
ノートの打ち込みをリアルタイムでやっていれば立派な即興演奏です。
また広義ではフィルターの開閉、トラックの抜き挿しなんかも演奏の部類に入るでしょう。
なので「本番前にする作業」と「本番中にする作業」という分け方しか出来ないのです。

これだけでも十分にエキサイティングで激しくアガりますよ。
チマチマとマウス使ってピアノロール打ち込むより、
物理キーをカチャカチャ、ターン!とやったほうが気持ち良いでしょう。

○ライブと制作は別に考えろ

一時期Twitterで盛り上がった話題ですが、
「作った曲を客前で披露するのがライブ」という考えのポップスやロックと違い、
テクノを含め電子音楽では別々に考えるのが一般的です。
一流のトラックメイカーでもそう申しておりますし、
自分もそうですが「そもそも制作はしない」考え方の人も居ます。

制作、ライブ共に目指す人でも「互いに影響し合うけど違うスキル」と捉えた方が良いでしょう。
これについて自分なりに考えた理由が「即興演奏の可能性がなくなる」からだと思います。
それは電子楽器の楽しみ方を半分無視してしまっていることになります。

○ランダマイズも積極的に取り入れる

これはモジュラーシンセでは割と普遍的な考えでランダムの為のモジュールも数多くリリースされています。
グルボ/ドラムマシンでも最近のモデルにはランダム要素を取り入れた物が少なくありません。
シーケンスをランダムで作る、シンセサイズをランダムで作る、どちらも手癖からの脱却に役立ちますし、
肝心要な要素ではあるけどそこを機械に任せてしまう、というのも
電子楽器ではれっきとした「クリエイティブ」です。
モジュラーシンセでは「フレーズを自動生成してくれるシーケンサー」まであります。
これを手抜きさせてくれるモジュールと捉えるか、
自身の想像を越えたフレーズを作るモジュールと捉えるかはプレイヤーの自由です。

○電子楽器ライブにおける即興「作業」全般を洗い出す

普通の生楽器と違い電子楽器ライブでは多くの作業をこなしています。

・メロディ/フレーズ/ドラムを奏でること

狭義での即興「演奏」ならこれだけになりますね。
基本的にシーケンサー任せなので普通の生楽器よりはずっとラクなのですが、
これも「事前に完璧に仕込んでおく」「真っ更な状態から本番中に打ち込む」と分ける事ができ、
多くの方はその割合を考えて自身に見合った方法を選んでいるかと思います。

キモとなるのはシーケンサー選びとなり「パターン」をセーブ出来るか否かによって変わってきます。
パターンをセーブできないシーケンサーはモジュラーシーケンサーは大抵そうなんですけど、
有名な物だとKORG monotribe、KORG SQ-1があります。

初めて買ったハードシンセは打ち込みが基本のx0xb0x。それとピアノロールしか知らない自分が
SQ-1を触って「すっげー楽しいよコレ!」と興奮した記憶があります。
またドラムマシンTR-8を使う友人がいつもゼロから打ち込んでいるのを見て驚き、
「パターンって何スか?つまんねぇスよ」という態度でいたのも衝撃的だったと思います。
その彼はその後ELEKTRON即興演奏を経て案の定モジュラーシンセになだれ込みましたが。

・シンセサイズ/エフェクト

TB-303系でフィルターとレゾナンスをいじってビキビキ言わすのは誰もが通る道でしょうし、
小節のケツだけディケイを伸ばす、なんてのも皆さんよくやりますよね。
こういう風に要所要所(主に小節の節目で展開を変える為)でシンセやエフェクトの
パラメータを変えていくのも、電子楽器演奏の中では即興演奏の部類に入ります。

・ミキシング

ミキサーを使った音量調整をよりアグレッシブにプレイしパートごとの「抜き挿し」で演出する。
ミュート機能も同じ事です。これらはDJやダブエンジニア的なテクニックを応用して普及していますが、
これも「演奏」に入れてしまっても良いでしょう。

・ゼロパッチ(ライブ・パッチング)

基本的に即興要素の強いモジュラーシンセですが、
パッチングすらライブでこなしてしまう人は少ないです。
見ている側もスリリングな演奏を楽しめるので挑戦してみる価値はあります。

○即興演奏と仕込み演奏のデメリット

・仕込みは作業がダルい

グルボでのパターン打ち込みやシンセサイズの登録など、
これは文字通り「作業」感があり自分なんかは正直苦手です。
人によってはそれこそが音楽だろ!と言われるかもしれませんがダルいものはダルい。
性格の分かれるところです。

・即興は音楽的クオリティが低い

楽曲制作にも通じる仕込みほど複雑な打ち込みは出来ないのが即興演奏のデメリット。
その代わりに「スリリングなライブ感」を演出できますが、
完成された楽曲作品にはどうしても劣るものです。

・仕込みは現場の空気を反映できない

DJ的価値観で「現場の空気を読んで曲を選ぶ」というのがありますが、
即興演奏でならそれに近い演奏が出来ます。
事前に自宅で完成させる仕込み作業には不可能な話です。

・即興は機材を選ぶ、また大規模になりがち

即興演奏に向いた機材ってのは限られてきますし、
例えばグルボではなく単体のシーケンサーを使うとか、
そもそもモジュラーシンセは重たいですしねw

反対にメリットを挙げると、
即興は生楽器演奏に近いスリリングなライブ感を演出できる事
仕込みは時間と努力次第で幾らでもクオリティを上げられる事
が大きな特徴です。

○即興演奏向きの機材

・monotribe

まずコレ、パターンをセーブ出来ません。
ステップ数も音数も少なめだけど、触った人にしか感じられない楽しさがあります。
特にリボンコントローラーでフレーズを上書きしながら進化させていく行為が気持ち良い。
まさに一期一会のマシンです。

・SQ-1

手頃な値段で買えてMIDIもCV/GATEも回せる名機。
モジュラーシンセユーザーなら必ず一つは持っていると思いますが、
MIDIも使えるので非モジュラーな人にも体験して頂きたいです。
例えば複数のトラックがあるグルボでもMIDIチャンネルを指定してそのパートだけは即興で作っていく、
なんて事も可能です。上モノが良いかな。ただしC3以下のノートが吐けない仕様なのでご注意を。

・TR-8/S

これは普通にパターンセーブ出来ますけど(当たり前かw)、
比較的大きな筐体と押しやすいボタン(トリガーキー)、トラックフェーダーの存在が
やる気を煽ってくるドラムマシンですね。
無印よりSの方が多機能、複雑にはなっていますが基本的な構成には代わりありません。

・DrumBlute

無印、Impact共に各トラックのパッドが一番手前に配置されている為、
「お前らこれで指ドラムやれや」というデザイナーの魂胆が見え見えな機種です。

・moog DFAM

個人的にドラムマシンの概念をイチからブッ壊してくれたDFAMも即興マシンです。
ツマミでノートではなくベロシティを操作するという発想にベタ惚れしました。

・moog SUBHARMONICON

変態アンビエントマシンとオレの中では名高いサブハモも即興しかできませんね。
クロックディバイダー付き4ステップのシーケンサーが2つ。
これがプレイヤーの想像力を掻き立てます。

・モジュラーシンセ全般

モジュラーシンセのシーケンサーは仕込み出来る方が少ないくらいですし、
パターンセーブ出来るものであってもユーザーはあまりやらないのではないでしょうか。
これがグルボ等とは大きく違うモジュラーシンセの特徴でもあります。

 

○仕込みと即興のバランスを考える

電子楽器プレイ特にマシンライブでは、仕込みも即興も選択の余地が大いにあるので、
自分に見合ったプレイ方法を確立していくのが良いと思います。

例えば最近レビューしたELEKTRONのanalogFOUR、

膨大な音色管理が出来る上、結構複雑なのでシンセサイズからライブするのは現実的ではありませんが、
シーケンスに関しては真っ更の状態からでも打ち込み易いものです。
キーの配列からして後の世代のDigitakt、Digitoneよりも得意で、
極端な話トラックミュートをするよりもシーケンスデータを消した方が早いくらいw
また必殺のパターンリロードも事前にシンプルなパターンを打ち込んでおく必要がありますし、
サウンドロックに関してもサウンドプールに登録しておく必要があります。

なのでELEKTRONマシンは
「音作りを事前に行い、シーケンスはライブ中でも足せる余白を残しておく」のが
良いんじゃないでしょうか。

複数の機材を組み合わせる時に、
「一つはガッツリ仕込み系、一つは即興演奏の得意な奴」とするのも良いでしょうし、
細かい事を言うと
「この機能は事前に、ソッチの機能は本番で」といった感じで分けるのも良いでしょう。

突き詰めるとプレイヤーの性格により変わってくるので何が正しいかは一概に言えません。

モジュラーシンセに関しては、いきなりゼロパッチから始める人は居ないでしょうが、
パッチングをアレコレしているうちにライブ中にやると面白い時が見つかるかもしれません。
逆にモジュラーでも仕込みしたい!っていう人は、
Erica synthsのBLACK SEQUENCERがベスト。

シーケンスだけでなく、EGなど多岐に渡って設定出来るし、もちろんセーブ出来ます。
このあたりはコンセプト的にELEKTRONに似ていると思います。

こういう風に機材構成を考えていくのも楽しい筈です。

 

○まとめ

若干意識されにくい即興演奏の魅力について多めに語りましたが、
もちろんメリットもデメリットもあるので両者の美味しい所をツマミながら
ライブプレイを楽しんで頂ければ、と思います。

 

 

 

 

 

 

 

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