チャンス・オペーレーション
電子楽器以前の時代から、演奏中から生まれる偶然の産物を表現手段の手法とする考え方もあります。
「なんか適当にイジってたらメッチャいいフレーズ出来ちゃったよ!」って経験は皆さんもあるでしょ。
1950年代にジョン・ケージっていう現代音楽家が考案した手法だそうです。
あれっしょ?ピアノの前で何にもしない「4分何十何秒」の人でしょ?
こちら電子楽器業界でもチャンス・オペレーションは積極的に活用されています。
むしろ生楽器よりも遥かに研究がされているんじゃないでしょうか。
TB-303に代表されるアシッドベースもチャンオペの産物と言えなくもないですよね。
ピエールさんラリって遊んでただけだって言うしね。
もちろんもこんな言葉を知らなくても既にやってるとは思いますが、
今回はこのチャンオペを意識したパフォーマンスや機材選びについて考えてみます。
○演者がトランス状態に入りやすいのが最大のメリット
DAWのピアノロールやオートメーションなどのように一音一音を丹念に練り込む面白さに対して、
何も考えずにツマミをいじって遊んでいる時が楽しい!という経験はお有りだと思います。
特に303系やアナログモノシンセで顕著ではないでしょうかね。
シンセサイズではなくフレーズ作りならSQ-1。単純明快かつ中毒性の高いフレーズが容易に出来る事から
愛用している方も沢山いるんじゃないでしょうか。
これも頭を使わずにイジっていた方が楽しかったりしますよね。
そういう変態行為を仮に録音していたとすると「こんなん音楽になってねーよ!」と思ってしまうでしょうが、
このウッカリを芸として活かすゴリ押しマインドがチャンオペのコツだと思います。
ウッカリウットリしちゃって時間の経過を忘れてしまうほど没入する事をトランス状態と言いますが、
このトランス状態に入りやすい人ほど、ライブ時では観客も共感させてしまいます。
これは別に限られた人だけの才能などではなく、誰でも出来る技術です。
この辺のお話は別の機会にするとして、
まずは自宅で一人でトランスに入るテクニックを身につける訓練をしましょう。
簡単です。部屋暗くして酒でもかっ喰らいながらシンセいじってりゃいいんですよ。
え?いつもやってるけど上手くならない?そりゃ酒が足りてねぇんだよ!
丁度良い実例がありまして、
数年前にvolcaKeysとbeatsとSQ-1で適当に遊んだ動画をアップしたんですが、
これが何故かウケにウケて今では27000もの再生数を獲得しています。
売上に貢献したと思うのでKORGさん何か下さい。
撮った当時は2,3分のカメラテスト程度のつもりだったのに、
KEYSを鳴らしているうちに気持ちよくなってしまい手を止められかった!という体験を覚えています。
ドラムの方はメーカーのプリセットそのまんまなので別に楽曲として評価されている訳ではない筈だし、
ずぅっと不思議に思ってはいたんですが、
「チャンス・オペレーションによるトランス状態が伝播した」と仮定すると色々と腑に落ちます。
○カリスマ性を感じるライブパフォーマンス
僕らの間の中で不思議と成長の早い人やキャリアの長さに関わらず人気の出る人を分析すると、
この「チャンス(偶然)⇢トランス(陶酔)⇢エンパシー(共感)」のプロセスが上手い事がわかります。
演者のルックスの美醜や音楽的技術/経験、機材の価値などは然程大きな要素ではありません。
そして僕たちのマシンライブ界隈ではユーザー層の音楽遍歴や影響を受けてきたジャンル特有の哲学などから、
こういった「フィジカルな魅力」が疎かになりがちなのが現状。
つまりココにもまだ勝負できるポイントが隠されているのです。
トランスからエンパシーに至るテクニックはミュージシャンよりもDJの方が得意だったりしますが、
まずはこのチャンスからトランスに至るプロセスを研究してみましょう。
○偶然を産み出しやすい環境作り
音楽に限らず日常生活でも突然良いアイデアが降ってくる時ってありますよね。
自己啓発系の書籍(の中でもマトモな部類の本)にはこういった思考方法のノウハウが沢山あります。
・閃きがポンポン湧いてくるように習慣を整えること
・閃いた事柄を忘れないようにする設備を整えること
・閃きを具体的に形に実現できるような瞬発力
世の中でアイデアマンと言われるような人達は以上の3点が上手く、
生活や仕事の中で閃きを活かすシステムを自身の中で構築しています。
これを楽器に当てはめて考えると、
従来の生楽器よりも電子楽器の方が遥かにアイデアを具現化しやすいのではないでしょうか。
究極と言わずとも現時点では最強のアイデアプロセッサーがユーロラックモジュラーシンセ。
とも言えますね。
○偶然と必然のバランス
打ち込みにしろ生演奏にしろ通常は音階や音色の操作は演者が一つ一つ意識しながら操作をしています。
逆に本来の意味でのチャンオペは完全に偶然に任せた演奏という事らしいのですが、
電子楽器の演奏では完全に任せちゃうとあんまり面白くないケースがほとんどです。
ある程度の主体性をキープするには半分は偶然に任せ、半分は必然的に行うくらいが丁度良いんじゃないでしょうか。
例えば音階はランダムだけどトリガーだけは手動で行うとか、
ランダマイズ機能を使いつつもスケールクオンタイズで制限を付けるとか、
ある程度は自分の意思で操作をしていないとトランス状態に持っていく事が出来ません。
○グリグリひねって楽しいのはシンセサイズだけではない
多くの人がすぐに連想するのはアシッドベースのフィルターをグリグリ回すアレでしょうが、
このグリグリ感をノートでもエフェクトでも何にでもアサイン出来たら楽しいと思いませんか?
CV/GATEを柔軟にアサイン出来るモジュラーシーケンサーはもちろん、
グルボやMIDIコントローラーでも設定をいじれば好きなように自分だけのシステムを構築できます。
「ツマミはシンセサイズに使うもの」「フェーダーは音量に使うもの」「鍵盤は音階」
といった固定観念を無くしてしまえば自分だけのオリジナリティに溢れたプレイが出来るようなるでしょう。
今は倒産してしまったDJ機器メーカーのVESTAXは凄く個性的な楽器を開発していた事でも知られています。
あまりにも独創的過ぎて売れないから潰れちゃったのかもしれませんが。。
僕らの間でも一時期話題になったのがVESTAXのFADERBORADという機材。
一見なにかのミキサーのように見えますが、実はサンプラーでして、
フェーダーを上げてドラムの音を出したり音階を調節したり、
DJもミュージシャンも困惑してしまう、それでいてハマると凄く楽しい楽器がありました。
これでドローンやったらメチャメチャ面白いんですよねぇ。
○インターフェイス
デタラメにやるのが前提ですから、
鍵盤や808系ドラムマシンのトリガーキーの操作はあまり向いていません。
これらをデタラメに操作するには逆に訓練が必要でしょう。
向いているのはツマミ、リボン、パッド、テルミンなど、
無段階のインターフェイスが適しています。
・カオスパッド
KORGの機材は昔からこのチャンス・オペレーションを尊重しているように思えます。
エフェクトのパラメーターを指でなぞって操作する歴代カオスパッド、
それを音階操作に応用したカオシレーターの2機種を始めKORG製品には多いですよね。
・リボンシーケンサー
個人的にはカオスパッドよりも更にチャンオペ向きだと思うのがmonotribeのリボンシーケンサーです。
リボン部をなぞって奏でた音階が上段の8つのボタンに記憶させてくれるのが素晴らしいんですよ。
これなら気に入らないステップだけ消したり、足したいステップを追加したりと、
適当過ぎるフレーズを後から修正出来るんですよ。
前述した偶然と必然のバランスがすこぶる良い。
ここがカオスパッドよりもリボンシーケンサーが優れているポイントです。
・ツマミ式ステップシーケンサー
最も手頃に試しやすいのがツマミシーケンサーでしょう。
過去記事で詳しく紹介していますがKORG SQ-1やDoepfer DarkTimeですね。
ツマミを左に回すと低い音、右に回すと高い音、ボタン(トグル)でノートのオン/オフ。ザ・単純明快。
特別な練習をしなくても使える上に8〜16ステップと短いサイクルの為にミニマルフレーズを作りやすく、
楽器を習った事のない子供でも楽しめるインターフェイスとしてもっと評価しても良いと思います。
そして各メーカーから新機種出して欲しいです。ちなみにビーステプロ、アイツはチャンオペ的にはダメっす。
○機能編
・モーションシーケンス/パラメーターロック
KORGやELEKTRONを始め様々なメーカーのグルボに備わっている、
ツマミの動きを記憶させたりステップごとにパラメーターを変える機能です。
これを一つ一つ綿密に設定するのではなく、
勢いに任せてガーッといじりまくってみます。
すると凝り固まった手癖から開放される事まちがいなし。
・TRC(トリガーコンディション)
「理系に非ずんば人に非ず」と豪語しかねない勢いで直感的とは程遠いイメージのELEKTRON。
実は制御不能になりそうな勢いのランダマイズ機能が充実しています。
TRCとはステップごとトリガーする確立を調節できる機能。
やっぱり理系的な発想ではありますが、
ある程度の範囲を運任せにするだけで摩訶不思議なドラムやフレーズが量産できます。
・サウンドロック
これもELEKTRONの必殺機能です。
音階や音長だけでなくあらゆるパラメーターをステップごとに変更できる
「パラメーターロック」機能の一つで、特定のステップだけ別の音に変更できる機能です。
凡庸な使い方では、
「一つのトラックにキックもハットもスネアもドラムセット入れちゃう」程度の事しか浮かびませんが、
トリガーキーを押しながらツマミをグリグリ回してメチャクチャなフレーズを生み出す奏法があります。
これ僕らの身内の一人が十八番にしている技なんですが。
○機材の用途をひねる
自由度の高いグルーブボックスの場合に限りますが、
ドラムマシンをドラムではなくベースやリード用途に使ってみたり、
逆に普通のシンセモデルをドラムにしか使わなかったり、
ひねった用途で使ってみるとチャンス・オペレーションを産み出しやすいです。
自分たちの間でやっている実例を挙げると、
・analogFourをドラムマシンとして使う
・DarkTimeでドラムを鳴らす
・Digitaktをドローンシンセとして使う
・マスターアウトの先に更にエフェクターを噛ます
・キック専用シンセをベースシンセとして使う
などなど傍から見れば奇をてらっただけの無駄な発想に思えるでしょうが、
こんな遠回りも演奏アイデアの活性化という意味合いで凄く重要なんですよ。
普通はそんな事しないだろう、といった「普通」は禁句。
機材や設備を壊しさえしなければ何をやったって良いのです。
○お手軽にチャンオペラーになれる機材
・iPadアプリ・Patterning
https://www.olympianoiseco.com/apps/patterning/
iPad用のシーケンサーアプリ。外部にMIDI信号を送る事も出来るので、
ハードウェアのドラムマシンやシンセをこれで鳴らす事も可能です。
サークル状のシーケンサーでトリガーとパラメーターが一体になったデザインが使いやすく優秀。
テロテロっとなぞるだけでベロシティの強弱やノートを変えられるのが気持ち良いんですよ。
これに限らずiOSシーケンサーアプリはアイデアを産み出しやすい独創的なシーケンサーが
数百円で手に入るので一度は試してみて下さい。
・KORG monotribe
生産中止になった今でも人気の高いKORGのアナロググルボ名機。
リボンシーケンサーだけでも復活させて欲しいものです。
・KORG SQ-1
ステップシーケンサー入門機として一人一台を勧めたいぐらい。
自分はチャンオペという言葉を知らないうちからチャンオペに目覚めたのはコレのお陰です。
・KORG KAOSSPAD/KAOSSILATOR
やーもうKORGばっかりじゃないですかー。
KORG製品は昔から「楽器の弾けない人の為の楽器」にこだわりを持って開発をしているように思えます。
音楽の裾野を拡げる活動に直結する素晴らしいコンセプトのメーカーですよね。
他にもテルミンや以前のRoland製品にあった「Dビーム」、往年のVESTAXのトンデモ楽器、
探せばいくらでも出てきます。
○モジュラーシンセ
さきほど「モジュラーは究極に近いアイデアプロセッサー」といいましたが、
その究極っぷりは何十年かけても説明しきれるものではありません。
例えば「シーケンサー」と銘打ってないものでもシーケンスが出来てしまうんですよね。
LFOでシーケンスしてもいいしクロックモジュレーターをドラムシーケンスに使うなんて荒業も、
モジュラーユーザーの間ではごく当たり前の発想です。
ランダムなCV出力も「(スケール)クオンタイザー」と呼ばれるモジュールでスケールを指定してやれば、
ちゃんと音楽的なフレーズになってくれます。
・Malekko VARIGATE4/8
ドラムシーケンサーとして気に入っているバリ8もチャンオペに向いているシーケンサーです。
スライダーの基本設定で「左いっぱいでゼロ、右いっぱいで100%、真ん中で50%」という風に
ゲートを吐く(ドラムを鳴らす)確立を決めてくれるもので、
エレクトロンのTRCとよく似ていますが直感的な操作が可能です。
他にもリピート回数やタイミング遅延などの操作をスライダーで決める事ができます。
同社のCVシーケンサーVOLTAGE BLOCKと組み合わせて使っている方が多いですね。
・Mutant Instruments Marbles
こちらはシーケンサーというよりランダムCVジェネレーター。
3系統のCVとGATEを規則に則った制限の中でランダムに出力してくれるものです。
簡単に言ってしまえば「不思議フレーズ製造機」です。
出したい音の種類が多すぎて手が回らない方におすすめ。
・centrevillage C Quencer DLX
デラックスじゃない廉価版の方を所有していますがチャンオペを強く意識した設計思想が伺えます。
ちなみに開発/制作は日本人。茶箱@早稲田によく居ますよ!
四方にあるツマミを使ってゲートの数やスケール、シーケンスの向きなどを変化させていきます。
Marblesよりも演者が把握し易く自発的に操作できる部分が多いので1系統のCVで良ければこちらの方が楽しいですよ。
・4ms QCD
クロックモジュレーターをゲートシーケンサーとして利用する、
なんて荒業もモジュラーではごく当たり前のアイデア。
QCDなら各々のツマミで現状のパラメータを把握しやすい作りになっているので、
ドラムシーケンスに使う人も多いようです。
紹介するのはここで留めておきますが、
そもそも「Random」「Quantizer」というカテゴリに
数十どころか数百に及ぶ数のモジュールがあるくらいですから、
如何様にもチャンオペマシンを組む事が出来るはずです。
モジュラーシンセとチャンス・オペレーションは相性の良い思想なんですよ。
○まとめ
操作方法の習得からお手本ジャンルの模擬、そこからオリジナリティを練る、
というのが電子楽器の習得スキルの正しい順序なんでしょうが、
視点を変えて別のアプローチでのスキルアップのコツを紹介してみました。
チャンス!トランス!エンパシー!です。
自分が観てきた「上手い!」と思わせてくれる人達は意識無意識を問わず必ず実践している事です。
壁を超えられずに頭を抱えている人は是非とも実践できるようになって下さい。