マシンライブのミキシング

前回「ミキサー考察2021」で紹介した通り、PAミキサーは中規模以上のセットを組むには必須の機材です。
今回はマシンライブプレイでのミキサーの活用方法とミキシングの概念をいろいろ紹介します。
だいたい初心者の域を抜けそうなポジションの人が対象です。
これは大袈裟でもなんでもなく、ちょっとしたミキサーを導入するだけで
プレイクオリティと音質が格段に上がります。

というのも、みんな現場にクッソ重たいミキサー持ち込むのを嫌がるからです(笑
そんなの持つならシンセ増やしたい!という気持ちが勝っちゃうんでしょうか。
また持っていても繋いで音量を確認したら後は一切触らず、って人も多いです。

正直、勿体ないなぁと思います。
ミキサーを積極的に意識したり操作するだけで各機材の操作が楽になったり音質が向上したり、
なんか玄人っぽい印象を与えられたりといい事ずくめですよー。

◯ミキサー活用の方向性は「静」と「動」

ライブハウスのPAさんが行なっているような音質補正を目的とした作業が静的なミキサー使い、
ダブエンジニアやDJがやるようなフェーダーワークなどのテクニックを動的なミキサー使いとします。
静的な音質補正は主にEQやコンプレッサーなどを使い聴かせたい音とそうでない音、
主役と脇役の役割を明確にする、と言い換えても良いでしょう。
動的な方は時間軸に沿って行なうパフォーマンス。ミキサーを楽器として扱うような考え方です。


1,基礎編


◯PAミキサーのきほん「ユニティゲイン」

ミキサーの各チャンネルには、
「(インプット)ゲイン」「(アウトプット)フェーダー」と二つのボリューム操作子があります。
大抵一番上にあるのがゲイン、んでEQやPANときて一番下にフェーダーがあります。
このフェーダーの目盛りに「0」とあるのが見える筈です。
または「U」という表記もあります。
このゼロの位置をユニティゲインと呼び、
ミキサー内部のアンプで「増幅も減衰もさせない、最もノイズの乗らない位置」となります。
各チャンネルのフェーダーがユニティゲインの場所で丁度良い音量になるようインプットゲインを調整します。

もちろんジャンルの価値観で割れ気味の音を聴かせたいならそれも良いでしょう。
ハードウェア電子楽器の音楽にはノイズだって音楽を彩る重要な材料です。
しかし基本はノイズを極力減らす事です。
このユニティゲインを基準に自身の耳で頃合いの良いミックスバランスを覚えていきましょう。

DJ20年やってましたがDJミキサーにはこのユニティゲインの概念が無いので知らなかったんですよー。


◯ミキサーをサチュレーターの一つとして捉える

一般的なPAミキサーはアナログ回路を使っているので品質の良し悪しに関わらず音質は変化します。
THD(全高調歪み)と呼び、その機器の入力音声に対して出力音声に加えられた歪み成分の事です。
ファズやオーバードライブに比べれば非常に小さな歪みです。
機械的にはTHDが少ない方が良い性能、という事になりますが、
音楽的にはそうとも言えず、この歪み成分は料理で言う旨み成分のような扱いで捉えられています。

ソフトウェアのエフェクトには「サチュレーター」といってこの歪み成分を加えるエフェクトがあります。
しかしハードウェアにはほとんどありません。なぜかと言うと物理機材は何を通しても歪むからですw
「通すだけで音が良くなるプリアンプ」とか「このDJミキサーはヒップホップ向きだ」とか、
そういう都市伝説めいた評価の要因こそがTHDなのです。

PAミキサーはその役割からしてライブセットの最終段出力になる事がほとんどで、
その各トラックの音域を分離させつつマスターにTHD(旨み成分!)を加える事になります。

これが「ミキサー通すとなんか音がイイ感じになるアハハ〜ン」の要因なのです。
こういう意味で味付けの濃い(尚且つ比較的入手し易い)ミキサーはMackieのVLZ3以前のモデルですね。

ちなみにモジュラーシンセの内部ミキサーに関しては、
理論上あんまり良くはなりません。箱ん中ノイズだらけでしょ。
味の素をひと瓶のまされるようなものでしょうねw
もちろん内部を通る音声信号の電圧がケタ違いに大きい為、
多少のノイズくらいヘッチャラではありますが、
こだわりたいなら別体型にした方が有利です。

◯まず音源側で出来るだけ音を分ける

各音源に出力のあるモジュラーシンセや、
個別に出力出来るパラアウト機能のあるグルボ/ドラムマシンであれば問題ないでしょう。
そうでないグルボやドラムマシンはどうすれば良いかと言うと、
パンを振って左右別々の出力にする事で2トラック分にはなります。
たとえばキックだけ左、ほかは右とか。
これをするだけで格段に分離がよくなるので一度試してみましょう。
出来ればキックとベースだけは帯域が被りやすいので専用の出力を設けた方が良いです。
実体験ではanalogRYTMのmk1。パラ出しするだけで無茶苦茶イイ音になります。

後述するDJ的グルボミックスではパラ出ししない方が良いのですが、
基本的にはパラ出し出来る機材の方が音質面で有利です。

◯みんな悩むのはキックとベース

なんですよ。
低域の音が被ると輪郭がボヤケる上に余計な音域のせいで他の音が殺されてしまいます。
FMシンセのサブベースと808ロングディケイキックを同時に鳴らすと両方とも死にます。
ボワボワボワなんて言うだけで聴いてる側からすればどっちがキックでどっちがベースか分かりません。
この棲み分けを上手くやるには、まずどちらかを優先させる事。
四つ打ちならキックが主役でしょうし、レゲエなんかだとベースが主役になります。
そのジャンルの価値観に則った上で自分自身の基準を創っていきましょう。

ちなみにネットによく転がっているキックとベースの棲み分け方法、
音楽ジャンルが明記されていないのはアテにしちゃいけません。
ジャンル絞らない方がPV稼げるからという安直な思惑です。
こういう輩が音楽の多様性を殺すので調子に乗せる前に殺してやりたいですね!
アイドルポップスとベースミュージックと同じ低音って訳にもいかないでしょう。

 

2.静的ミキシング

◯DAWでの楽曲制作におけるミックスダウンから学ぶ

ライブ活動と同時に楽曲制作をやっている人ならお分かりでしょうが、
各々のトラックを馴染ませる、または分離させるといった作業は
DAWでのミックスダウンを学ぶと理屈がわかります。
もちろん機能がフルに揃っているDAWには叶うべくもありませんが、
それでも出来る工夫は色々とあります。

同時に鳴っている音と音を馴染ませる、音と音を分離させる、
この相反する要素を上手くバランスを取って丁度良い頃合いにしていくのが目的でありますが、
馴染ませる事よりも分離させる事の方が難しく手間もかかります。カネもかかります。
そういう理由から「音の分離が良い=音が良い」と思われてもいるのです。
それが正しいか悪いかは知らん。
あんまり分離し過ぎても音楽としての一体感がなくなっちゃうしね。

◯コンプは諦めろ

マシンライブで各トラックにコンプレッサーを積むなんて人はいませんw
予算、物理的に無理だから諦めましょう。
FMR AUDIOなどハードコンプを導入している人は、ほぼほぼマスターに挿しています。

ただオーディオI/Fを使ってDAWをミキサーとして使う場合や、
コンプ内蔵のミキサーであれば考える余地はあります。

◯EQで被る帯域を削る

現場でのライブではガチのミックスダウン並に、という訳にはいかないけど、
ハットの低域などトラックごとの要らない(と思える)帯域をバッサバサ切り捨てましょう。
よくあるキックとベースの被りもEQである程度までは回避できます。

自分のやり方ですと、まずEQをプラマイゼロ、ユニティゲインで各トラックの音量を合わせます。
そこを基準の音として耳に覚えさせておいて、キックとベース以外ぜんぶローカット!
ローカットして「なんか物足りないなぁ」と思える楽器を少しずつローを元に戻していきます。
いったん引いてからチョイチョイ足していく考え方です。
そんなこんなでコッチ引っ込めてアッチ出してを繰り返し「イイ感じ」に仕上げていきます。
プロのエンジニアじゃないんだから「なんかイイ感じ」であればいいでしょうw

ただこの「イイ感じ」感はプロでもアマでも
色んな音楽を沢山聴き込んでいる人の方がより精度の高いイイ感じを作れます。
100曲聴いた人のミックスよりも、
1000曲聴いた人のミックスの方が10倍の人の共感を得られます(ゆで理論)。
今からそんな事言われても大変だとは思うので、それはそれで長い目で考えるとして、
自分のやりたいジャンルの中で「できるだけ遅いBPM少ない音数」の曲を何べんも聴きましょう。

◯次の手段として時間軸を活用する

四つ打ちで打ち込みの際に1.5.9.13拍目にキックを入れるなら、
そこ以外にベースのトリガーを置くようにします。
要はキックの置き場とベースの置き場をキチンと分ける、だけです。
その条件下で作るトラックであればキックもベースもある程度は両立できますよね。

またエンベロープを使ってキックは早いアタックで、ベースは緩いアタックで。
こうする事によって低音が被ってしまってもキックのアタック感を感じさせる事は出来ます。

◯DAWで自分の音を測定する

DAWとオーディオインターフェイスを持っているならば、
そこにドラムマシンなりシンセなりを入力して各楽器の周波数帯域を把握しておくと良いかもしれません。
最近ではDAW標準でついているアナライザーを使えば音が目でみえるようになります。

◯むしろDAWをミキサーとして使っちゃう

近年ではCPU性能の向上と業界の並々ならぬ努力によって、
ハードウェアと比べても遜色ないエフェクターが色々とあります。

またミキシングとは関係ないけれど、
DSPエフェクト付きのオーディオI/Fをマスターに挿して
コンプやリバーブを薄くかける、なんて人もいます。
比較的安価なのはUR22Cあたりのシリーズ。
iPhoneでエフェクト設定が可能です。

ミキシングとなると、
多入力タイプの比較的高額なインターフェイスが必要になりますが、
本気で静的なミキシングを突き詰めたいならそういう手段もあります。
MOTUのUltlaLiteシリーズなんかを使っている人を見かけますね。
お金持ちなら一度はやってみたいですねー。

ただし一度デジタルに変換しますから、
THD的な考え方では機材の持ち味を殺してしまう事になりかねません。
ハードウェア特有の粗さが削れてしまいます。
そこを殺しても自分の作りたい音があるのなら挑戦する価値はあります。

 

3,動的ミキシング

◯カナメは「引き算」

気持ちの上では持ってきた音源を出来るだけたくさん使いたいでしょうが、そこは我慢しましょう。
むしろ上級者ほど如何に少ない音数(少ない機材)で魅せるか、が重要になってきます。
不思議なもので、初心者から抜けた中級者ほどアレコレと機材を持ちたがり、
そこを抜けて上級者となると本当に必要な機材だけを厳選して軽い装備で現場に出向いています。

ライブ中の音も同じで聴かせたい音だけを効率良く聴かせるには、
それを引き立てる音だけを残し邪魔なものはバッサバサ削ってしまうのが効果的です。

PAミキサーを導入する事によって今まで出しっ放しにしていた音をカットする事が出来るし、
余計な帯域も削る事ができます。
これにより伝えたい音を絞り込んで、より明確に能動的に音楽を伝える事が出来るのです。

PAのような静的な音質補正はもちろんのこと、
DJやダブエンジニアのようにカット/ブースト等で楽曲構成を作っていく動的なパフォーマンスも可能です。

◯PFLでDJ的なミックス

DJミキサーで言うところのCUEですね。
プリ・フェーダー・リッスン。
フェーダーを上げずにヘッドフォンでどんな音かを確認する機能です。
パラ出ししない2台のドラムマシン/グルボならばDJのように交互に出力できます。

自分が以前ライブで行ったのが、volca drumを2台、
モジュラーシンセ内にPFLシステムを用意して互いのパターンを交互にミックスする行為でした。
仕込みが要らない、その場で打ち込み出来るってのは
DJ崩れかつズボラな自分にとっては最っ高に楽チンできるシステムでしたね。

それともう一つ、外に音を出す前にフレーズの確認が出来ます。
確認どころかその場で打ち込みが出来ますね。

 

◯抜き挿しのバリエーション

音の抜き方にもレパートリーが増え、
MUTEボタンでパっと抜く、フェーダーで徐々に抜く、二通りの使い方ができます。
グルボ本体でミュートするよりも操作の工程が減るので楽ですしね。
(大抵のグルボではミュートするのに2アクション必要です)

特にハウスで多いキック抜き。
ミュートボタンでミュートするよりもフェーダーでカットした方が綺麗な抜け方をするように思えます。
シカゴハウスでは耳に痛いくらいのクローズハイハットを挿してきます。
あそこ気持ちよくて好きなんですよ。

またフェーダーの方がミュートほどタイミングがシビアじゃないので、
リズム感に自信の無い方でも安心してガシガシやれます。

◯ロングミックス

ドラムマシン2台の音を入れ替える場合にスムーズに差し替えられるDJのテクニック。
これから入れたい音をAチャンネル(前曲)、既に外に出ている音をBチャンネル(後曲)とします。

1.AのLowEQとHiEQを最小にしてフェーダーを上げていきます。
2.AのLow/HiEQをを上げつつBのLow/HiEQを下げていきます。
3.Bのフェーダーを下げます。

LowEQをあらかじめカットしておくのは低音の被りを防ぐ為。
HiEQカットはリズムの輪郭をぼやけさせるためです。
この動作を出来るだけゆっくり、拍や小節に合わせて動かすのがロングミックスです。
DJプレイではこの1から3の工程を1分2分とかなり長い時間をかけて行います。

◯センド/リターン

シンセ等の音源とミキサーの間に挟むのではなく、
ミキサーで各トラックから原音を送る量を調節できる機能。
高品質な外部エフェクトを任意のトラックにかける事が出来ます。

この時に利用出来るエフェクターは、

・原音を加工するのではなく原音にエフェクト音を加えるタイプのエフェクト
(一般的にはディレイとリバーブ)
・ミックスバランス(原音とエフェクト音の調整)で原音をゼロにできる(キルドライ)
・ライン入力に対応(通常のギターやベースは耐入力が低く設定されています)

という条件があります。
ブランド単位で例を挙げるとBOSS、Strymon,TC Electronicsなどは全製品ライン対応です。
エフェクターペダルは基本的にモジュラーのエフェクターやDJ用エフェクターなどより高品質、
ディレイひとつとっても何百種類もリリースされていますから
個性的なエフェクトを探し当てる楽しみもあるでしょう。

◯ダブミキシング

レゲエのサブジャンルであり、リミックスの技術的ルーツとも言えるダブミキシング。
世界で初めてミュージシャンでないエンジニアが産み出した音楽とも言われています。
現代ではレゲエだけでなくテクノや他のジャンルにもこのテクニックが応用されていますが、
やはりお手本にし易いのは60年代のレゲエをベースとしたダブです。
テンポも遅めだし音数が少ないからフェーダーやエフェクトの操作を掴みやすいんですよ。
ダブの創始者でもあるキングタビー、分析するには最高の教材です。

・曲のフックに過剰なディレイ音をかける
・スプリングリバーブを叩いて雷のような音を出す
・レゾナンス高めのハイパスフィルターで上モノにうねりを加える

キングタビーの楽曲を聴いていると、使われているエフェクトはこの3種類、
それらとミキサーの抜き挿しが頻繁に行わています。
通常の音楽(元曲)で耳に残りやすい上モノやボーカルはガンガンカットしていますね。
全く使わない訳でもなくフックを作ったり効果音的に使っています。

「DUB MIXING」で検索すると色々とお手本になりそうな動画が出てきます。

・ダブに見るディレイテクニック

上モノやボーカル、ドラムならスネアなど耳に残りやすい派手な音のトラックを利用して、
エフェクトセンド全開、エフェクトチャンネルも上げておきます。
トラックチャンネルは常時下げておきます。
ディレイ側はフィードバック高め/ディレイタイムはお好み。
曲のフック、4小節なり8小節なりの一番最後の一拍だけチャンネルフェーダーをパッと上げてサッと下げます。
すると原音が出るのは一瞬だけ、後はフィードバックされたディレイ音だけが延々と続きます。
この時ディレイタイムを上げたり下げたりすると気持ちの悪いウネウネ音が出て気持ち良いのです。
このウネウネ音はドローン好きやノイズ好きにも刺さる音です。

ダブテクノでもシンセスタブによく使われていますね。
こっちの場合だとウネウネはやらずにディレイタイムをテンポに真面目に同期させてているようです。

◯まとめ

ミキサーはそのほかの機材に比べれば地味な存在であり、どうしても後回しになりがちですが、
理屈を把握した上で使いこなす事によって出来る事の幅がグンと拡がります。

 

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