アシッドベースによる幻覚再現入門
四つ打ちダンスミュージックでは既に伝統芸能扱いになっているアシッドベース。
Phuture「Acid Tracks」が生まれてから30年経っていますが、
そもそもこの「アシッド」ってなんでしょう?
意外と知られていないアシッドのルーツに近づいてみます。
お暇な方は過去記事と合わせてお読み下さい。
アシッドベースによる脳髄破壊入門
◯アシッドの語源とサイケデリックカルチャー
「アシッド」とは1960年代にアメリカで流行したドラッグLSDの隠語。
音楽や芸術はもとより20世紀のユースカルチャーにおいて、
違法合法問わずドラッグの流行が重要な要素である事は間違いないんですが、
このLSDほど音楽や美術に影響を与えたドラッグはありません。
このトリップ体験を絵や音楽で再現しようとしたものがサイケデリック・アート。
極彩色の色使いと極端に歪んだ文字レイアウトのデザインは今でも見かける事が多いでしょう。
絞り染めのTシャツとかもこの頃が発祥です。
LSDは60年代末にはアメリカを始め各国で違法薬物に認定され、
社会的に抹殺されましたがアンダーグラウンドでは根強く流通していました。
マリファナほどでないにせよ90年代半ばの日本でも入手可能だったそうです。
90年代の日本では「’70sリバイバルブーム」といってファッションや映画、音楽など
70年代の文化が再評価されていたので(ボク自身ドップリはまりました)、
’60sも’70sもだいたい一緒じゃんって事でヒッピー文化と共に
サイケデリック・アートも受け入れられていました。
なのでLSDの話もよく聞いていたし、
「ビデオドラッグ」という観るだけでトベると謳うCG動画も流行していました。
◯LSDの疑似体験とTB-303によるシーケンスの歪み
このドラッグをキメた時の体験談をまとめると、
最初は景色や空間が歪むようにうごめいてるように見て、
その後は目に見える全てが極彩色に見えるそうです。
ここで一つ、LSDのトリップを疑似体験できる動画を御覧ください。
この動く幾何学模様をパソコンのフルスクリーンで30秒以上凝視した後に、
部屋の景色を眺めると天井や壁、家具などが歪んで蠢くように見えてしまいます。
ハナシ変わってTB-303のシーケンスを特徴づける「スライド」機能。
「スライド」又は「グライド」とはシーケンサーによるボルタメント奏法を
行なう機能なんですが、Wikipediaからボルタメントの意味を抜粋します。
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ポルタメント (portamento ) は、
ある音から別の音に移る際に、滑らかに徐々に音程を変えながら移る演奏技法である。
イタリア語の”portar’ la voce “、フランス語の”port de voix “
(いずれも「声を運ぶ」の意味)に由来し、
声楽やヴァイオリンなど擦弦楽器の表現方法であった。
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ただこのTB-303によるボルタメント奏法は全然滑らかな変化ではなく、
メロディ的に考えると気持ち悪い音程の変化なんですよ。ウニョンって言うし。
これも当時のミュージシャンにTB-303が好かれなかった理由だと思います。
Phuture(というかDJピエール)がAcid Tracksを「発見」した時、
TB-303のスライドによる音程変化が「なんかグロくて面白いじゃん!」と、
LSDをキメた時の空間の歪みに似ていると気が付いたんじゃないでしょうか。
半分は自分の勝手な推測ですがACIDと名付けられた所以はここにあると思います。
上の動画を観た時に「あー!これの事か!」とひらめいちゃいました。
◯セカンド・サマー・オブ・ラブからハードフロアへ
シカゴで良作駄作玉石混交のアシッドハウスが量産され、
それをシカゴ以上に熱狂をもって受け入れたのはイギリスでした。
パンクムーブメントで下地が出来ていた反商業主義な音楽嗜好とDIY精神をもって、
レイブと呼ばれる大規模な野外パーティが工業都市を中心に開かれました。
レイブと共にMDMA、通称エクスタシーというドラッグが大流行し、
60年代にLSDとロックによって産まれたサマー・オブ・ラブの再来と大騒ぎになったようです。
このエクスタシーとLSDについて詳しいドキュメンタリーを見つけたので、
お時間ある時にどうぞ。とても興味深い内容です。
そして90年代になるとドイツから新世代のアシッド・クリエイター「ハードフロア」が登場。
アシッドハウスはLSDのトリップ願望を切り捨て音楽として進化を遂げます。
「ディストーションがアシッドベースのお約束」になったのもハードフロアから、だそうです。
◯アシッドハウスとアシッドテクノの微妙な違い
ボク自身はハウスDJとしてのルーツを辿っていく過程で80年代のアシッドハウスと出会ったのですが、
90年代前半のハードフロアが牽引したアシッドリバイバルや、
日本のテクノクリエイターによるアシッドテクノの影響を受けた人の方が多数派です。
その違いは微妙ではありますが、
テクノ畑の人はフィルターの開閉(とレゾナンス)に重きを、
ハウス畑の人は上記のスライドに重点を置いた曲作りをしているように思えます。
アシッドテクノは純粋な音の格好良さを、
アシッドハウスはLSDのトリップ体験の再現を求めているんじゃないでしょうか?
もちろんドッチもアリなので、自身の気が付かなかった奏法を身につけて下さい。
◯伝統芸能としてアシッドを後世に伝える
歴史や文化を次の世代に伝える際には、
どうしても臭いものにフタをしてしまいがちですが、
実はその臭い部分に本質が隠されているものです。
DJとしてアシッドをプレイする時、トラックメイカーとしてアシッドを作る時、
これら負の側面を受け入れた上でパフォーマンスに臨んで欲しいと思います。
ドラッグ無しには生まれなかったしドラッグ無しでは僕らの耳に届かなかった音楽です。
もちろんLSDにしろエクスタシーにしろ
どの国でも違法なものですから野放しに肯定する訳にもいきませんが、
彼等が法を侵してでも求めた神秘体験と快楽、
そこに至るまでの鬱屈とした環境に理解と共感を深めていきましょう。
そしてご自身が何故この奇っ怪な音楽に魅せられたのかを反芻して下さい。
なにせ音楽史では二度目、ダンスミュージックの歴史では最初で最後の
「国家さえも揺るがしたムーブメント」です。
揺るがした主犯はドラッグの方でしょうが、それを象徴する音楽として
アシッドが国家や社会から目の敵にされたのは想像に難くないでしょう。
古代中国の書物に書かれた「亡国の音楽(淫らで哀れな音調が国の滅亡を暗示する)」。
アシッドにはこの負の力が隠されているような気がしてなりません。
◯現代のアシッドが担うべきもの
ドラッグ・ミュージックとして悪名高いアシッドですが、
これからはドラッグと離れつつトリップを助長する音楽になって欲しいものです。
そもそもLSDやエクスタシーをキメたいと思う動機、
それをクリエイティブ作品として表現してやればいいんです。
60年代のヒッピー達が有難がった東洋の神秘主義なんてものは、
日本人の僕らからすりゃ毎日の生活に溶け込んでいるものですしね。たぶん。
スライドによる旋律の歪み、反復する多幸感、フィルターで開くチャクラ、
アシッドハウスにもアシッドテクノにも備わっている物なんじゃないでしょうか?
クオリティの高いトラックメイキングと優れたサウンドシステム、
IT革命によって世界中の音楽を通ってきた耳をもってすれば、
ドラッグも酒も抜きにブッ飛べる筈でしょう。
ビデオドラッグならぬリズムドラッグ。
アシッド馬鹿を自負するハウスDJとしては、ここを目指したいと思っています。
◯おまけ
Youtubeチャンネル「L U F T K R A F T」では
「LSDトリップシュミレーター」なるド直球のビデオドラッグを鑑賞できます。
https://www.youtube.com/channel/UCbPtSsm_CCchez3Jw-WVdFA/videos
アラフォーのオッサンオバサンには懐かしくもヤバい動画がてんこ盛り!
また「Anita Lee」では
LSDやエクスタシーだけではなくマリファナやコカイン/ヘロインと
アメリカ政府との闘いの歴史をまとめたドキュメンタリーが色々あります。
https://www.youtube.com/channel/UCCtTPbXFPNuQdpL8XrP-MKQ
マリファナ編は目からウロコ落ちたわ。
禁酒法時代にジャズとマリファナが流行ったそうねー。